樋口由紀子
ごはんほかほか顔の左右の不思議なずれ
普川素床 (ふかわ・そしょう)
不思議な川柳である。状況をそのまま詠んでいるように見えるが決してそうではない。そのように見せかけているだけで、そのときの自分の感覚を色濃く出してきている。実際に見えないものを言葉で見ているようだ。
「ごはんほかほか」と「顔の左右の不思議なずれ」はつながっているのか。それとも切れているのか。「ごはんほかほか」はたぶん人生で五本の指に入るくらいの嬉しいことである。けれども、「顔の左右の不思議なずれ」となると、五本の指を大きく揺さぶる。「ごはんほかほか」の日常の幸せ感がなにやらへんになり、変質する。なぜそうなのかとの細部はどこにも書いていないし、匂わせてもいないので、別の意義が出てきそうでもある。ミステリーであり、ホラーである。それが日常というものの正体かもしれない。〈落花の夢無数の窓があいていて〉〈やさしさのせいで馬の顔は長くなった〉〈皮一枚思想一枚堕落せよ〉。
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