相子智恵
最高の無法の蝶を見しはうつゝ 高山れおな
句集『冬の旅、夏の夢』(朔出版 2018.12)所収
後記によれば〈二十代の頃は、俳句作品は言葉のみで自立してゐるべきだと考へ〉て、人生や生活を持ち込むことになる旅吟も残さなかったという作者。五十歳となる第四句集にして初めて、旅吟だけをまとめた章から引いた。
掲句はその中の「富士山記」より。〈うつうつと最高をゆく揚羽蝶 永田耕衣〉の本歌取りだが、富士山での作だとわかる。〈うつうつ〉から〈うつゝ〉への転換はただの言葉遊びではなく、現実に無法の蝶を見ての着想なのだ。〈無法〉が山の蝶らしくて、虚子の〈山国の蝶を荒しと思はずや〉も思い出させる。
一句の立ち姿がよく、本歌取りの面白さがあり、旅吟として編集されたことで、これが旅の写生に基づくものであることもわかる。描写と観念をこのように綯交ぜにして着地できるのだなあ……と、重層的な「視点の入れ子状態」が楽しくて、美しい一句だと思った。
物思ふ、にれかむ、笑ふ、駆け出す鹿 同
同様に、「はるひ、かすがを」と題された一連より。飛火野の神鹿たちを写生した一句だ。鹿の表情や動作の列挙だけで作られた句だが、選ばれた言葉によって獣である「眼前の鹿」と、神の使いという「物語の鹿」がオーバーラップして入れ子状態になっている。この鹿、生き生きとしていて、とてもかわいい。
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