相子智恵
月の出をもそろもそろと藻屑蟹 ふけとしこ
句集『眠たい羊』(ふらんす堂 2019.7)所載
はさみや脚に藻屑のような毛が生えた「藻屑蟹」。全国の河川に生息する蟹だ。
掲句、「もそもそ」と「そろそろ」を合わせたような〈もそろもそろ〉という造語のオノマトペが見事だと思う。〈もそろもそろ〉は藻屑蟹の歩く姿の描写であり、歩く音も表しているだろう。その上、細かくびっしりと生えた藻屑のような毛の形状まで〈もそろ〉の音からは見えてくる。
さらに〈もそろもそろ〉と〈藻屑蟹〉の「も」の頭韻が、この句のリズムと手触りを決定づけている。〈月の出を〉の上五を「や」のような切字で切らなかったのも、「O(オー)音」の響きを活かしているのだと思う。次のようにローマ字に起こしてみると、目と耳とが一体となって一句の世界ができあがっているのがよくわかる。
TSUKI NO DE WO MOSORO MOSORO TO MOKUZUGANI
月が出て、秋の硬く澄んだ月光が〈もそろもそろ〉とやわらかい藻屑蟹を照らし始めた。びっしりと生えた藻屑のような毛の一本一本がひっそりと白く輝き始める。ただその下を、藻屑蟹は〈もそろもそろ〉と歩いている。なんと静かな秋の夜の風景だろう。
0 件のコメント:
コメントを投稿