相子智恵
猪裂くや胃の腑に溜まる穭の穂 玉川義弘
句集『十徳』(邑書林 2019.3)所載
刈り取った後の稲の切株に、再び青々と萌え出る稲。放っておくと穂が出るが、晩秋の気温は実を結ぶには低いので、穂の中身は実らず空っぽのことがほとんどだ。それが〈穭(ひつぢ)の穂〉で、やがてそのまま田に漉き込まれる。
掲句、猪を仕留めて腹を裂いてみたら、胃の中にこの〈穭の穂〉が溜まっていたという。猪は実りの稲だと思って食べたのだろうか。それとも〈穭の穂〉だとは知っていても、それを食べざるを得なかったのだろうか。きっと後者なのだろう。食べ物の少ない厳しい季節を生き抜こうとする猪の胃の中身がなんとも哀れである。そしてその先には、狩りで仕留めた猪の命を食べる我々がいる。
本句集の中には〈猪垣を解いて冬田となりにけり〉という句もあるが、こちらは哀れさが淡々と描かれている。本当は〈猪垣を解い〉たから〈冬田〉となったのではない。もう猪に荒らされると困る稲穂がない〈冬田〉となったから〈猪垣を解い〉たのだ。しかし人間は〈猪垣を解〉くことに冬を感じているのである。
猪と人間の戦いが描かれたこれらの句は力強く、静かな哀れがあって晩秋の心に染み入る。
●
0 件のコメント:
コメントを投稿