2020年7月27日月曜日

●月曜日の一句〔中西夕紀〕相子智恵



相子智恵







百物語唇なめる舌見えて   中西夕紀

句集『くれなゐ』(2020.6 本阿弥書店)所載

〈百物語〉は夜、数人が集まって交代で怪談を語る遊び。百本の蠟燭をともし、一話終わるごとに一本ずつ消す。最後の一本を消すと妖怪が現れるとされた。

暗い部屋の中で、蠟燭の明かりが話者の顔を照らしている。まるで顔だけが暗闇に浮かんでいるようだ。すると、語りの途中で話者が唇をなめた。乾いた唇のままでは語りきれない、ここからが話の盛り上がりなのだ。話の間がふっと空く。しんと息を詰め、怪談に聞き入る人たちは、唇をなめる舌の動きをじっと見つめる。おのずと緊張感が高まる。まるでジェットコースターを登り切った頂点での「溜め」の静けさである。これから落ちることは分かっている、あの溜めの独特な恐怖感。

〈唇なめる〉だけで〈舌〉であることは分かるから、省略する切り取り方もあっただろう。しかし、この〈舌見えて〉の執拗な描き方が、怪しくエロティックでさえあり、怪談の背徳感を際立たせている。

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