相子智恵いちにちのたちまち遠き千艸かな 伊藤敬子
句集『千艸』(2020.7 角川書店)所載
夏が終わり、今時分の夕暮れになると「もう日が暮れるのか」と切なくなる。もちろん、これからもっと日は短くなるのだが、個人的に日暮れが最も切ないのは秋の初め頃で、もっと外で遊べていたはずなのに……と思ってしまう。これが秋分ぐらいになると、日暮れに対する覚悟ができて、受け入れられるようになるのである。
掲句、〈千艸〉(ちぐさ)は秋草の傍題。秋草の野を歩いているといつの間にか日暮れがきていて、今日の一日を〈たちまち遠き〉と思った。これが「早い」などではだめで、〈遠き〉の一語が素晴らしいと思った。足元の〈千艸〉から、遥かな時間と距離がいきなり立ち現れてきて、秋の夕暮れの切なさが滲みだす。
本書の中に〈千艸〉の句は多い。好きな季語なのだろう。〈徒歩ゆくや千艸の風に裾吹かれ〉という句もある。裾が吹かれる風の音、秋草が触れてゆく足の感触。歩いている時間のすべてがしみじみといとおしい。
本書は伊藤敬子の遺句集となった。
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