相子智恵
時惜しむごとくゆつくり散るさくら 西宮 舞
時惜しむごとくゆつくり散るさくら 西宮 舞
句集『鼓動』(2021.2 ふらんす堂)所載
桜は「もう散ってしまうのか」と散る速さを惜しむのが定石だが、〈時惜しむごとくゆつくり散る〉にハッとし、しみじみする。思えば、同じ場所に複数本の桜の木が植えられていたとしても、種類の違いや日の当たり方などによって、最後に咲き、散る桜もあるわけだし、一樹の中で最後に咲き、ゆっくり散っていく花もある。初花や満開ばかりが話題になりがちな桜にあって、ゆっくり散る桜は、どこか悠々としていて心が伸びやかになる。東京はすでに花過ぎだけれど、ゆっくり散る花を惜しもうと思う。
ところで本書には次のようなアイロニーを含んだ句もある。
花冷や桜の皮の皿や筒
降りしきる桜蘂もう誰も見ず
〈ゆつくり散る〉と惜しむ心も、花を愛でつつも樹皮は惜しげもなく皿や筒にする感覚も、もう誰も見ない桜蘂も、どれもひとりの心の中に矛盾せずにあって、そのことが真実であり、だからよいのだろう。
どの句も皆が美しいと思う桜の定石の見方を静かにずらしているように見えて、その本質を捉えている。
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