2021年7月23日金曜日

●金曜日の川柳〔中村冨二〕樋口由紀子



樋口由紀子






犬交る、大野九郎兵衛昨日死せり

中村冨二 (なかむら・とみじ) 1912~1980

「大野九郎兵衛」は播州赤穂藩家老で諸説のある謎の人物である。「犬交る」と「大野九郎兵衛昨日死せり」は何の結びつきもなく、因果関係はどこにもない。生死を対比させるというよりは、生死そのものにある生々しさ、面妖さを反映している。生き物であるからには、瞬時に生を受け、瞬時に死んでしまう。いつどこで生まれるか、いつどのようにして死ぬのか当事者にはわからない。

読点の役割を充分に意識したところに冨二の息遣いが光っている。文脈を組み合わすことで迫力と存在感を充たしていく特別な感受性を感じる。その存在自体も不確定なものとして考えているのだろう。今、私は生のどの辺りにいるのかと思う。『中村冨二 千句集』所収。

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