相子智恵
立冬や耳の奥底まで乾く 抜井諒一
立冬や耳の奥底まで乾く 抜井諒一
句集『金色』(2021.8 角川文化振興財団)所載
昨日は立冬だった。掲句、冬の冷たく乾いた空気の中に佇んでいるのだろうか。耳の奥底にまで乾きを感じている。
湿気が少ない乾燥した空気というのは、手足や顔、唇などの肌、あるいは鼻や口の粘膜では感じることはできるが、耳の奥底で分かるものでもないだろう。耳奥の触覚など、普通は耳かきをする時くらいにしか感じられないものだ。だから、これはもちろん「聴覚の乾き」を鋭敏な感覚で捉えている句なのである。
〈耳の奥底まで乾く〉によって、単に乾燥した空気だけではなく、空を渡る北風の音まで感じられてくる。それも強めの風が吹いていることが分かる。音を言わずに「乾き」とずらしたことによって、想像が広がるのだ。読者の入り込む余地がうまく残された一句である。
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