樋口由紀子
眼球の奈良が都であった頃
石部明 (いしべ・あきら) 1939~2012
独特の話のもっていき方である。しかも、「奈良が都であった頃」とはあまりにも昔の時代設定である。その頃に一体何があったのか。何を見たのだろうか。人は思い出したい過去も思い出したくない過去も持っている。甘美な出来事も愚かな行為も自分にとっては必要不可欠なことだったのだと思いたい。必然を得てすべてを昇華するために、あらためて言葉にして、遠い過去の物語にしたのだろう。
「眼球」は鋭敏で不気味そのもので、身体感覚に食い込んでくる、異界との通路である。今、「眼球」はありきたりのものしか見ようとしない。自分という存在がどんどん曖昧になっていく。シンボリックに自分の感覚を取り戻そうとしている。「MANO」(16号)収録。
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