相子智恵
正夢に赤のきはだつ寒さかな 秦 夕美
句集『金の輪』(2022.1 ふらんす堂)所収
冬が立った。今週から冬の句を楽しみたい。
掲句、正夢とは夢を見た後に現実に同じことが起きてはじめて、「ああ、あの夢は正夢だったのだな」と気づくものである。正夢だったかどうかは、覚醒した後に(多くはしばらく経ってから、何かの機会に)分かるものだ。
ところが掲句の〈正夢に赤のきはだつ〉は、助詞の「に」の効果もあって、どうも今まさに夢の中にいて、その場面を描いているように読める。まだ正夢かどうかも分からない時点で、正夢であるという確信があるのが不思議で、夢と現実の間があいまいなままに〈寒さかな〉に収れんしていく。
本句集の冬の句には他にも、
その時は目をつむりませう玉子酒
という句もあって、この〈その時〉はどんな時なのかは明示されていないのだが、〈目をつむりませう〉で受けているから、どことなく死の匂いが感じられてくる。そして、取り合わせられた〈玉子酒〉は、風邪気味の時に回復のために飲む滋養強壮の飲み物であり、病中ではありつつも、生命力へ向かうベクトルがある。ベクトルが真逆のものが、一句に取り合わされた面白さがあるのだ。
この「生死のあわい」や「夢と現実のあわい」の曖昧さの中に遊べるのが、秦氏の句の面白いところだ。
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