住替て不破の関やの瓦葺 打越
小判拝める時も有けり 前句
堀当て哀れ棺桶の形消え 付句(通算31句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
【付句】二ノ折、表9句目。雑(無常)。
堀当(ほりあて)=田畑を耕していて掘り当て。 形(かたち)=遺体の形。
【句意】掘り当てた棺桶は、哀れにも遺骸が消えていた。
【付け・転じ】打越・前句=不破の関の現況から懐旧(および病体)への付け。前句・付句=懐旧(および病体)から無常への転じ。
【自註】むかしは棺に形を入るる時、よしある人は金銀、又は朱うるしにてかためけるといへり。其の時代過ぎて、ふるき塚はすかれて田と成り、野夫(やふ)の鋤にあたりて、此の世の風に形は消え行き*、金(こがね)はくちせず残りし。是は只人(ただびと)ならず、と心なき身も拝しける付寄せ也。
*文選(もんぜん)を引用した『徒然草』第三十段の類似箇所を、さらに西鶴は援用しており、いわば「引用の連鎖」となっている。
【意訳】大むかし棺に遺体を納める時、身分のある人は金銀を納め、朱漆で(棺を)塗り固めたという。その時代が過ぎて、古い墓地は鋤かれて田地となり、農夫の鋤に当たって(棺は壊れ)、外気にふれた死骸は消えゆき、金銀は朽ちずに残ったのだった。これは庶民ではない(高貴なお方の棺)、と分別のない者も拝んだ(という風な)付合である。
【三工程】
(前句)小判拝める時も有けり
田を鋤けば只人ならぬ棺桶ぞ 〔見込〕
↓
堀当し棺桶にはや形なく 〔趣向〕
↓
堀当て哀れ棺桶の形消え 〔句作〕
前句「小判」を副葬の金品に見立て替え〔見込〕、遺骨はどんな状態かと問いながら、すでに消えたものと想定し〔趣向〕、それに対する「哀れ」の心に焦点を合わせた〔句作〕。
懐旧から無常への転じって紛らわしいですね。
角川『俳文学大辞典』によると〈連歌では、述懐・無常・懐旧に属する句はまとめて三句まで連続できる〉らしいんですが。
「そやな……ワシもそんな感じやで」
ただ東京堂『連句辞典』によると懐旧は〈昔のことを思い出しなつかしむこと〉で、無常は〈一句中に死葬に関する語句があったり、一句としてその意味があるもの〉で、厳密にはベツモノらしいんですが。
「連句いうのは後世のことやろ。俳諧では連歌の式目、まだまだ残っとったからな」
なるほど、時代が下るにしたがって分類化が進んだってことでしょうか。
「あのな、死後のこと、ワシに訊いてどないすんねん」