2025年2月26日水曜日

西鶴ざんまい #75 浅沼璞


西鶴ざんまい #75
 
浅沼璞
 

師恩しる枕に替る薬鍋     打越
 願ひに秋の氷取り行く    前句
吉野帋さくら細工に栬させ   付句(通算57句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)

【付句】三ノ折・表7句目。 栬(もみぢ)=秋。 吉野帋(よしのがみ)=奈良吉野産の和紙(楮)。  さくら細工=「作り花」と記せば雑の正花だが、次の定座は三ノ折・裏なので、「さくら細工」と記して非正花にしたか。また「細工」と「魔法」(53句目)は同趣向だが、三句去りで許容範囲か。

【句意】吉野紙の桜の作り花(造花)を、紅葉させる。

【付け・転じ】前句の世にもまれな秋の願望を受け、さくら細工を紅葉させた。

【自註】此の付けかたは、前句に世にまれなる物を爰に請けて、作り花にして、春を秋に見せし也。近年は物の名人細工(めいじんざいく)出来て、*銀魚を金魚に照らし、鯉に紋所を付け、両頭の亀、**山の芋のうなぎになる事も其のまゝに、作り物ぞかし。
*銀魚=色の白い金魚。  **山の芋のうなぎになる=あり得ないことも名人の細工では可能だという諺。

【意訳】ここでの付け方は、前句の世に珍しい物(秋の氷)を受けて、手作りの造花によって春を秋にしてみせたのである。近ごろは細工の名人が現れ出て、白い金魚を紅くして照り輝かし、鯉に紋所のような模様を浮きだたせ、頭が二つある亀、「山の芋のうなぎになる」という諺もそのままに、作り物とする。

【三工程】
(前句)願ひに秋の氷取り行く

  世にもまれなる造花とて細工して 〔見込〕
     ↓
  名人の作り花とて秋にみせ    〔趣向〕
     ↓
  吉野帋さくら細工に栬させ    〔句作〕

前句の世にもまれな物への願望を名人細工の造花に託し〔見込〕、〈どのような名人芸なのか〉と問うて、春の作り花を秋に変化させてみせるとし〔趣向〕、「吉野紙の桜細工」を紅葉させると具体化した〔句作〕。

【先行研究】=*疎句の認識
①    付け方は自註に明らかで、「氷取行」の部分は無視して、「願ひ」と「秋」に対応、具体化した疎句付。(加藤定彦『連歌集 俳諧集』小学館、2001年)
②    前句(56句目)では「世にまれ」であった物が、付句(57)では「作り物」として世に出回っているという対比のなされている点が注目される。(中略)故事を背景にしたいわば人の〈実〉に近い行為を示す前句(56)と、当代の人々のさかしい俗なる行為を映した付句(57)とは、それぞれうまく照応し、この疎の付合を成立させている。(中略)「雪の笋」が現実にあるなしにかかわらず、それを古典の〈実〉の心で探すのも、細工で作り出す当代人のさかしい営為も、同じく「**世の人心」なのである。(水谷隆之『西鶴と団水の研究』和泉書院、2013年)
*疎句(そく)=付合語に頼らない内容主義的な心付。
**世の人心(ひとごゝろ)=西鶴晩年の浮世草子のテーマ。遺稿集『西鶴織留』巻三以降は、「世の人心」のタイトルのもとに執筆されていた。

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