相子智恵
刺身二種盛り蛸とあとどないしよ 村上佳乃
句集『空へ』(2025.6 邑書林)所収
刺身の二種盛りを頼んだときの料理人(かつ店主であろう)の言葉を想像した。客自身がお品書きから二種を選べるシステムなのかもしれない(つまり、この言葉は客自身の言葉なのかもしれない)が、私は料理人の言葉と取るのが、面白いように思う。
チェーン店では決してありえない一瞬の会話、というか独り言である。店は一人で切り盛りしているか、せいぜい家族経営くらいのこぢんまりとした、常連客に愛される親しみのある居酒屋や寿司屋。〈どないしよ〉の関西弁の語り口がそんな場所であるような想像をさせてくれる。
蛸は今が一番おいしい季節なのだ。だからこれは決まり。あともう一品は、さて、何を盛り付けようか。これは何もなくて困っている〈どないしよ〉ではなく、おすすめが色々あって迷っている〈どないしよ〉だろう。蛸の隣に並べるなら……と思案する、料理人にとっても、客にとっても幸せな時間だ。他の料理も酒も、きっとおいしいだろうな。この店に行ってみたいと思わせる、生き生きとした一句である。
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