西鶴ざんまい #85
浅沼璞
蟬に成る虫うごき出し薄衣 打越
野夫振揚げて鍬を持ち替へ 前句
其道を右が伏見と慟キける 付句(通算67句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
【付句】三ノ折・裏3句目。 雑。 其道=そのみち。 伏見=此里は舟つきにして旅人絶ぬ所也(一目玉鉾・三)。 慟く=どやく(≒どなる)。「どやきけり聞いて里しる八重霞」西鶴(両吟一日千句など)。
【句意】その道を右へ行くと伏見(の近道)だと怒鳴った。
【付け・転じ】前句の虫をみつけた農夫が動作を止めたのを、旅人に道を尋ねられたためと逆付にした。
【自註】旅人はじめての都入(みやこいり)に、野道を行しに、*田夫をまねきて道筋をたづねしに、鍬持ちながら、「右のかたの**溝川越えて、笹原すこし有る所より伏見への近道」と***声をはかりにをしへける****気色に付けよせし句也。
*田夫(でんぶ)=農夫。 **溝川(みぞがは)=小川。 ***声をはかりに=声を張りあげて。 ****気色(けしき)=有様。
【意訳】旅人が初めて京都入りする際に、野中の道を行き、農夫を手招きして道順を尋ねたところ、(農夫は)鍬を持ちながら「右手の小川をこえて、小笹のすこしあるところを行くと、そこから伏見の近道」と声を張りあげて教えた、そんな有様に付け寄せた句である。
【三工程】
(前句)野夫振揚げて鍬を持ち替へ
旅人に都への道尋ねらる 〔見込〕
↓
其道の右の方ぢやと慟キける 〔趣向〕
↓
其道を右が伏見と慟キける 〔句作〕
前句の農夫のストップモーションを旅人に道を問われたためと見なし〔見込〕、〈どのように答えたのか〉と問うて、方角を大声で教えたとし〔趣向〕、「伏見」という具体的な地名を素材とした〔句作〕。
【テキスト考察】
句末の表記に関し、諸注の異同があるので簡単に考察しておきます。
ふるい『日本古典読本Ⅸ 西鶴』、『譯註 西鶴全集2』では「慟キけり」となっていますが、それより新しい『定本西鶴全集12』、『新編日本古典文学全集61』、『新編西鶴全集5』では「慟キける」となっています。
そこでカラー版影印集『新天理図書館善本叢書33 西鶴自筆本集』に当たり、既出の付句の句末「り」「る」を比較してみました。
大晦日其の暁に成にけり (裏9句目)
小判拝める時も有けり (二表8句目)
この二句の句末「り」はほぼ同形で、「慟キけ●」の方は、これらよりやや丸みをおび、
花夜となる月昼となる (二裏10句目)
の句末「る」とほぼ同形かと思われます。本稿で「慟キける」とした所以です。
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