2009年4月21日火曜日

●近恵/金子敦 中嶋憲武「愛の洋菓子」5句を読む

〔中嶋憲武まつり・第10日〕
中嶋憲武「愛の洋菓子」5句を読む その3


届いてほしい人に届かない

近 恵


亀鳴いて凡そその数五千とも
  中嶋憲武

五千ってどんだけだよ~というのが第一印象。その瞬間私は思い出した。真夏に行った六義園のことを。池に亀がいたのだ。しかもその数五千!かどうかはわからないが、とにかくうじゃうじゃとわらわらと恐ろしいほどの数の亀がいたのだ。

梅の頃に再び六義園を訪ねた時、私はまたあの亀たちに会えるのではと密かに期待していた。しかし亀は一匹もいなかった。あれだけいたのが全滅するはずもあるまい。亀はまだおそらく冬眠中だったのであろう。少し残念な気持ちになって池をあとにした覚えがある。

さて、この句の「亀鳴いて」。季語としての「亀鳴く」は、歳時記では実際には亀が鳴くことはないと書かれている。まあよく交わされる話だが、亀は危険を感じた時に「きゅーっ」とか音を出したりするものがいる。交尾の時期なんかも音を出すらしい。本当に亀が鳴いてるのなら「その数五千」は相当騒々しい感じであろうが「亀鳴く」の亀は鳴いていない。だから作者には亀の鳴く声は聞こえてはいない。となると「その数五千とも」も胡散臭く、実態はない。ただそうらしいと思った作者だけが実態としてあるという不思議な虚構の世界。

そこでこの句は作者の心象、いや、ひょっとしたら作者そのものが亀なのではないかと思い至る。

声にならない声で鳴く亀。亀は言葉をつむぎ、俳句を詠みに詠む。およそその数五千とも、ひょっとしたら一万とも。しかしその言葉は声にならないから詠んでも詠んでも本当に届いてほしい人にはなかなか届かない。けれど届いてほしいから亀は詠み続ける。いつか鳴ける日を夢見て……。

作者の憲武さんは結社の先輩で、よく同じ句座を共にする。俳句だけに留まらず才能豊かで尊敬する俳人だ。それだけに、自分の妄想で切ない気持ちになってしまった。ガンバレ、亀。ガンバレ、憲武さん。

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そのこぼれ落ちた粉は

金子 敦


マカロンのぽろぽろこぼれ春ですよ
   憲武

マカロンとは、砂糖・卵白・ナッツを混ぜて焼いた、カリッとした歯ざわりが特徴のお菓子。いくら上品に食べようとしても、どうしても粉がぽろぽろこぼれ落ちてしまう。もしかしたら、そのこぼれ落ちた粉は、透明な虹色の花を咲かせてくれる「種」なのかもしれない。それは、大人には決して見ることが出来ない花。純粋な子どもの心を持った者だけが見ることが出来る花。数え切れないほどの虹色の花に囲まれて、作者はまたマカロンをひとつ口にする。

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