2010年12月4日土曜日

ホトトギス雑詠選抄〔40〕冬日〔上〕

ホトトギス雑詠選抄〔40〕
冬の部(十二月) 冬日 〔上〕

猫髭 (文・写真)


大仏の冬日は山に移りけり 星野立子 昭和3年

鎌倉の谷戸から那珂川のほとり那珂湊へ引っ越しのため、蔵書が段ボール箱の中で右往左往しているので、本連載も途切れているが、十一月だけ抜けるのも間抜けだし、いろいろ採りあげたい句もあった。例えば、波多野爽波が抜粋した「十一月の句」二十句を挙げれば、

矢大臣の顔修繕や神無月 泊雲 大正5年

水棹などあづけてあるや神の留守 宮地子鴨 昭和7年

高山と荒海の間炉を開く 未灰 明治42年

ちんちんと黄泉のそこより十夜鉦 河野静雲 昭和12年

茶の花に月より降りし時雨かな はじめ 大正6年

激論をして別る丘の落葉かな 水巴 大正1年

菜畠へ次第にうすき落葉かな 泊雲 大正3年

しぐるゝや灯待たるゝ能舞台 あふひ 大正8年

老僧の恋に華頂の時雨かな 耕雪 大正12年

道端の小便桶や報恩講 鬼城 大正4年

たまに来て熊野山社の留守詣 常紫郎 昭和4年

時雨忌や雫晴れして梅嫌(うめもどき) 静雲 昭和1年

小さうもならでありけり茎の石 鬼城 大正4年

梨棚や潰えんとして返り花 秋櫻子 昭和4年

乗れといふ舟に紅葉のちりつゞく 河村いさむ 昭和11年

木枯の森へゆく木戸押せば開く 池内友次郎 昭和11年

野々宮やさしわたりたる時雨月 花蓑 大正14年

しぐるゝや目鼻もわかず火吹竹 茅舎 昭和5年

祇王寺は茶殻を干してしぐれけり 大森積翠 昭和6年

祝言のあり風除に子供達 家田小刀子 昭和12年

と並び、「時雨忌」は外せないし(梅嫌の写真も新宿御苑まで足を運んで撮ってきた)、未灰の「炉開き」の句柄も大きいし、河村いさむの「紅葉」の句も大好きだし、小刀子の「風除」に至っては目を細めて愛でたいが、クレージーキャッツの「五万節」ではないが、運んだ本が五万冊(サバ読むな、このやろ~)では、時機を逸して是非無し。

番外編として、小西昭夫虚子百句』(創風社出版、800円)と岸本尚毅高浜虚子 俳句の力』(三省堂、1600円)を取り上げたい。

虚子没後五十年を記念して昨年は神奈川近代文学館で「子規から虚子へ」の企画展に始まり、角川文庫からの虚子の俳句入門書『俳句の作りよう』『俳句とはどんなものか』の再刊、西村睦子『「正月」のない歳時記』と、見ごたえ読みごたえのある催しと出版が相次いだ。今年も小西昭夫『虚子百句』、岸本尚毅『高浜虚子 俳句の力』と、その余波を受けて面白い本が出たが、今回は小西昭夫『虚子百句』を取り上げる。

著者は昭和29年生まれ。「船団」会員。四国松山から出ている月刊「子規新報」の編集長。愛媛新聞の俳句欄の選者でもあり、「無季俳句も新興俳句も口語俳句も俳句の財産である」と考える真っ当な選者である。句集に『花綵列島』『ペリカンと駱駝』『小西昭夫句集』、歌集に『煙草吸うとき』がある。わたくしは神戸の酒席で一度お会いしたことがある。

愛妻家小西昭夫氏蠅叩く 小西昭夫 平成11年

といった飄々とした句を詠む。また、NHK「俳句王国」(平成20年7月5日)でも、

悪人の往生したる涼しさよ 小西昭夫 平成20年

と、実に芸達者で小粋なところを見せた。

君に聞くトマトご飯の作り方 小西昭夫 平成20年

といったプリティな句も楽しい。いわゆる「俳句に無理をさせない」詠み方である。

この『虚子百句』は、「表現されているままに読む。虚子を知らなくても読める」という趣旨で、手軽に読めるように、文庫版俳句鑑賞百句シリーズの一環として、今年の1月に出されたものだ。一頁一句鑑賞で、前半は「表現されているままに読む」鑑賞、後半に句の時代考証が簡単に付く、読者に無理をさせない書き方である。間に「水の力」「虚子の推敲」「主宰の役割」「編む虚子」の四編のエッセイを含む。全編着眼が素晴らしいが、就中「編む虚子」は他のエッセイが二頁なのに八頁にわたる力作で、編集者、選者としての虚子の力量を余すところなく簡潔に伝えていて、わたくしがくどくどと余生をかけて書こうとしていることが全部書いてある。

違うのは、わたくしが虚子の句を余り高く評価していないということくらいだが、小西昭夫の読みを見ると、わたくしの俳句を読む力がヘタレなだけではないかという気がしてくる。例えば、

流れゆく大根の葉の早さかな 高浜虚子 昭和3年

という虚子の代表作の一つがあるが、わたくしは大根の葉、殊に茎が好物で、これをざくざく切って胡麻油でジャコと炒めたものなど、酒の肴、飯の友として食卓に欠かせないほどだから、アフリカの環境活動家マータイさんのように「流れゆく大根の葉やもつたいない」と先ず読んでしまう。大根の葉は沢庵にするにしても葉を切らずに二本束ねて干して、漬ける時に間に葉を間に挟んで漬けるから、葉は洗っている時には切らない。したがって、大根の茎のうまさ、葉のうまさを知らない、大根の葉をちょん切って捨てて洗うというバカヤロウな景ということになる。つまり、この句は人間の暮しの中を通らない句であり、それでわたくしの中も通らない。

まあ、これはわたくしの実家が切干大根と納豆を混ぜる「そぼろ納豆」の名産地で、三浦大根の産地のそばに住んでいたことが大きいので、八百屋やスーパーで葉を切り落とした大根などを売っているとケッとなる育ちだから是非無い。

遠山に日の当りたる枯野かな 高浜虚子 明治33年

という虚子の代表作が、雪国で育った人にはぴんと来ないようなものである。

小西昭夫は、この「大根の葉」の句に対して鑑賞されたさまざまな評言、「精神の空白状態に裏付けされている」(山本健吉)、「九十九パーセントまでの人生の痴呆、一パーセントの恐ろしく強靭な自然を凝視する心の強さ」(平畑静塔)、「近くの小川で大根の葉を洗うといった、近世以降の庶民の生活が典型として抱え込まれており、いま自分の目の前にある光景は、遠い昔から四季がめぐり来るたびに必ず繰り返されてきた光景であり、そして昔の人もまた、そこに自分と同じような感慨を味わったに違いないと、虚子はほとんど確信している、歴史的連想の時間」(仁平勝)を一蹴する。
大根の葉や近代庶民の生活などはどうでもいい。「水」という言葉こそ一語も使われていないが、この句に詠まれているのは「水の力」、「水の普遍性」なのだ。その鮮烈で活力のある生命の源としての「水の力」に魅かれるのである。
と述べている。これは固有性を越えた普遍性のある読み方と言えるだろう。大根の葉をちょん切ったとしても、沈むほどの重さのものが「早さかな」という最大の切字で詠み止められた以上、そこに「水の力」を見なければ読みが浅いと言われても仕方がない。
虚子は水に敏感な俳人である。
という小西昭夫の読みは、言われてみれば、

春の水流れ流れて又ここに 高浜虚子 昭和7年(「流れ」は「くの字点」表記)

にしても、

一つ根に離れ浮く葉や春の水 高浜虚子 大正2年

にしても、水の流れの早さやたゆたいを射止めている。殊に「一つ根」の句は『俳句の作りよう』の「じっと眺め入ること」の章で延々「自句自解」を試みていて、多分「自句自解」史上最長だと思うが、余り嫌味がないのは、自句を他人事のように語る虚子の語り口と、小西昭夫の言う「水の普遍性」に浮いている見事な俳句の力によるのかも知れない。

一点、表記の訓みで通常の俳人の訓みと異なる句があるので、そのことに触れたい。

地球一万余回転冬日にこにこ 高浜虚子 昭和29年

五十嵐播水夫妻の結婚三十周年祝句で、小西昭夫は「ふゆび」とルビを振っているが、『新歳時記』では「冬の日」の傍題として「ふゆひ」と濁らずに訓む。虚子編以外の歳時記も、「ふゆひ」と濁らずに訓む。例外はない。したがって、掲出句の立子句も「ふゆひ」と訓む。

逆に、国語辞書では「ふゆび」と訓む。新しい『広辞苑第六版』然り。『言海』には「冬日」すらない。国語辞書と歳時記が真っ向から異なるという珍しい訓みである。小西昭夫は俳人ではなく一般人として、虚子の句を読んでいることになるが、これは作者が「ふゆひ」と詠んでいるのだから、「ふゆひ」と訓んでやるのがよろしいかと思う。

子規も「冬日」という題を立てているが、わたくしがアルス版の全集で調べた限りでは、すべて「冬の日」で詠んでいる。ただし、蕉門の北枝に「稲干のもも手はたらく冬日かな」という句があるから、江戸時代に例句が無いわけではない。ただ「ふゆひ」と訓むか「ふゆび」と訓むかはわからない。

足に射す冬日たのしみをりにけり 立子

など、わたくしは茨城生まれなので、夏目漱石が茨城の赤毛布(田舎者)は芋をエモと妙な発音すると揶揄していたように、「し」と「ひ」も茨城県人には発音が難しいので「ふゆひ」で訓むと、掲出句もそうだが、非常に読みづらい。「ふゆび」という気象予報用語に耳が慣れているせいもあるだろうが、俳人以外は「ふゆび」と訓むと思う。「ふゆひ」の訓みは、俳句では、虚子が定着させた訓みだと思われる。

訓みは違っても意味は同じとはいえ、例えば掲出句は「ふゆひ」だと大仏から山へ移る日差しが「ふゆび」よりも心もち澄んで響く。「ふゆび」だと零℃以下のきっぱりとした日差しの印象が強く感じる。声に出した途端、言葉が意味を持つためだろう。

(明日に続く)


3 件のコメント:

  1. お、大根の葉のジャコ炒めのファンがここにも、と思ってクリックしたら、何だわしの「猫髭言笑」かwww能く見てる。

    岸本尚毅も『俳句の力学』で書いていましたが、虚子は芭蕉の「古池や」に「生々化育」を見ており、それと比べて「生々流転」の句として「大根の葉」に自賛を付けている。

    「大根は二百十日前後に蒔き土壌の中に育ち、寒い頃に抜かれ、野川のほとりに山と詰まれて洗はれるのであるが、葉つぱの葛葉根を離れて水に従つて流れて行く。水は葉をのせて果てしなく流れて行く。こゝにも亦た流転の様は見られたのである」

    まあ、本人がこう詠んだ、こう読めというのだから、これほどの正解はないが、俳句は数学ではないから謎は謎のままで構わないので、わたくしは面白く読めればいいと思う。

    次回は岸本尚毅が登場ですが、まさか、オモテでインタビューが行われているとは知りませんでした。ウラモノらしい冷や汗物の鑑賞になりそう。

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  2. あ、行方不明のコメントが出て来ましたね。ありがとうございます。読み返したら、虚子の引用に誤表記がありました。

    「葉つぱの葛葉根を離れて」は「葉つぱの屑は根を離れて」の変換間違いです。

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