相子智恵寒の耳ひとつひとつが右の耳 中村光三郎
句集『春の距離』(2011.11/らんの会)より。
たいそうヘンな句である。
読者が好き勝手に読める、ヘンな句である。
たとえば、この世のどこかに「耳の製造工場」があると思ったって、よいのである。
私は〈寒〉の一語の寒々しさと「KAN」という硬質な響き、そして〈右の耳〉だけの整然とした世界に、機械にプレスされて右耳ができあがる様子を、ふと夢想する。
プレスされた〈右の耳〉たちは、ベルトコンベアーに乗せられて、一定方向に粛々と、列をなして流れてゆく。やがてコンベアーの最後で、ぽとり、ぽとりと、ひとつひとつが箱に落ちる。
箱の中に山盛りの、寒々しく淋しい〈右の耳〉たちに、私の心の言葉はぐんぐんと吸い込まれ、心が無音のからっぽになる。
そしてそれはなぜだか少し、安らかなのである。
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