相子智恵
天牛の髭に天牛のりにけり 山中多美子
句集『かもめ』(2012.4/本阿弥書店)より。
幼いころ、夏の夜に窓の明りめがけて飛んでくる虫のなかでも、飛んでくると子供心にテンションが上がる虫のひとつが髪切虫だった。いま調べてみるといろいろな種類がいるようなのだが、覚えているのはルリボシカミキリや、ゴマダラカミキリで、黒い体に青や白の斑点がある美しい虫、というのが私の髪切虫に対する印象なのである。
だから、俳句を始めて「天牛」が髪切虫の異名だと知ったとき、天空の星々のようにも見える、あの髪切虫の斑点が思い出されて、なんと美しく力強い名前だろうと思ったものだ。語源由来辞典によれば、触角を牛の角に見立てた中国名だそうである。
たくましい天牛の髭に、別の天牛がズシリと載っている。二匹の天牛たちはキイキイと鳴きあっているのだろう。生命力に溢れた句だ。
永田耕衣に〈
死螢に照らしをかける螢かな〉の名句があって、螢たちの死と生が交じり合うゾッとするほど静かな世界と、掲句の天牛たちの活発で骨太な世界とは、ちょうど対照的で、昆虫の句として並べてみてもまた、面白い。
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