助詞「は」考
野口 裕
助詞「は」は、主題を提示する働きを持つ。語順を逆転させることによって、聞き手の注意を引く係り結びの物言いが行き着いた現状での姿でもある。というような話が大野晋の本を読めば書いてある。
他方、切字の「や」は、五七五の中途に置かれるにもかかわらず、五七五と次の七七を切る働きをするものとして連歌・俳諧で重用されたが、次第に五七五の内部を切るものとして意識されるようになってきた。その点で、「や」も五七五内部で係り結び的な働きを有していると言える。というような話は、川本皓嗣の本に書いてある。
「は」と「や」は、似ている面を有しているだろう。しかし、俳句の歴史の中で「や」が多くの作家によって努力を積み重ねてきたのに比較して、より一般的な会話にも使用される「は」の方は五七五においてそれほど使用されるわけではない。
「や」が、もともと疑問をあらわす語だったことから、容易に反語と見なされるのに対し、主題の提示である「は」の方に疑問の働きはなく、そのままでは反語と見なされにくい。「や」が融通無碍に上下をつなぐほどに、「は」が五七五の上下をつなぐことはできない。
だが、人の馴れというものは恐ろしい。五七五の中に「や」があれば、読者は安心して「俳句」のハンコが押されたものとして受け取るがために、五七五が「俳句」であるかないかのぎりぎりを狙おうとしたときには、「や」の存在が邪魔になる。
一見何気ない物言いに見えた五七五が、リズムに乗って脳内に棲みつき、ふっと何かの拍子に意識に舞い戻ってきたとき、現実の風景が一変してしまう。それほどの効果を一句に期待するときに、「や」よりも何気ない物言いである「は」を五七五で働かせることはできないか? 作家としてそう考えても不思議はない。そのせいかどうかは定かではないが、「は」を多用する作家が次第に増えつつあるように見える。
手近にあった句集から数えてみると、高濱虚子『六百五十句』中、「は」の使用句は21句、森川暁水『砌』554句中、15句に対し、時代が下って、鈴木六林男『雨の時代』が598句中31句と増加傾向を見せ、田中裕明『櫻姫譚』も308句中18句と同様の傾向を見せ、最近出された句集に目を転じると、和田悟朗『風車』390句中32句、小池康生『旧の渚』340句中23句、森田智子『定景』363句中20句とその傾向は続いている(ちなみに、最多は御中虫『関揺れる』125句中28句)。
ついでに「が」や「も」なども射程に入れて、どんどん調べれば面白そうだが、さすがに時間がない。池乃めだかの台詞を心の中でつぶやきつつ、この稿終わり。
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これを書いたときに、ずぼらをかまして、%を計算していませんでした。
返信削除以下に記します。(小数点第二位で四捨五入)
虚子 3.2%
暁水 2.7%
六林男 5.2%
裕明 5.8%
悟朗 8.2%
康生 6.8%
智子 5.5%
御中虫 22.4%