〔今週号の表紙〕第283号 いわき市の海岸
関悦史
水も澄んで、今はきれいな海だが、この手前、家々は津波に呑まれ、一面に土台と秋草ばかりが残っている。
一キロくらい奥まった丘の上の八幡神社は難を逃れたが、当日ここにいたら、そこまで走って逃げるのは難しかっただろう。
波の下には破砕された多くの家々が沈み、多くの行方不明者がいる。
展望台から海を眺め下ろしたとき、波打ち際の水の透明度に驚いたが、そこで三人の子供を遊ばせている祖母らしい日傘の女性がいた。
残暑の厳しい日だったが、他に海で遊んでいる者はいなかった。原発事故の影響で、海開きも不能と聞いた気がする。
案内してくれた鈴木さんは七〇代の男性だったが、客に食事を出す旅館経営者であるためか、飄々たる口調のなかにも放射線への警戒が緩んでいないことがときどき感じられた。
当日は誰もガイガーカウンターは持っていなかった。
次々に案内される被災箇所を見るのに追われ、そこで暮らす人たちが、どの程度、どのように放射線に気を配っているか、じっくり聞いてこなかったのに気がついたのは、戻ってからだった。
しかし初めから取材目的で面会をとりつけたジャーナリストでもあればともかく、いきなり突っ込んで聞けるような話柄でもない。
福島ではテレビでも県内各地の線量が天気予報のように画面に出ているという噂も以前聞いたが、これも確認しなかった。
帰ってから数日後、福島の小中学生女児の過半数に甲状腺の結節やのう胞が確認されたとの記事を目にした。
ツアーの趣旨は、被災地の実態と郷土芸能を見ることでその忘却を防ぎ、間接的にであれ復興を支援するというもので、そこに他県への避難という発想はなかったように思う。ツアーに参加はしたものの、これが適切な対応なのかどうかはわからない。今後も長い間わからないままだろう。隣県に住む私にも全く無縁のことではない。
澄んだおだやかな海が、不可知論的巨大知性体である惑星ソラリスの海よりも謎めいた何かに、今は見える。
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