樋口由紀子長い長い手紙を書いてきた海だ前田一石 (まえだ・いっせき) 1939~
夏の終わった海は穏やかである。夏にあんなにぎらぎらとまぶしいくらいに光っていたのが、嘘のように静かに波打っている。もう少しすると、厳しい冬の海を迎える。海を題材にした川柳は意外と少ない。海を〈長い長い手紙を書いてきた〉との捉え方に詩情ある。ファンタジーにいくのでもなく、日常性がある。海とのこの距離感がいい。
我が家から一キロほどが瀬戸内海である。少し足を伸ばすと海の絶景ポイントがあちこちにある。海を見るとなぜか心が落ち着く。海がこんなにきれいだなんて、若い頃にはまったく気づかなかった。手紙を書き終えた海だったのだ。
〈縄とびの縄が哀しいほどまわる〉〈タイムカードを打つあくまで羊のフォルムで〉〈一番嫌いな絵のなかで生きている〉『てのひらの刻』(手帖舎刊 1988年)所収。
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