甲斐バンド
山田露結
おんつぼ=音楽のツボ
甲斐バンド。不思議なバンド名である。甲斐バンドのリーダーは甲斐よしひろ。つまり「名字」+「バンド」がバンド名なのである。私がバンドを組んで山田バンドとするのと同じである。まったく何の工夫もない上にリーダーがずいぶん威張っているような感じである。
甲斐よしひろはバンドのリーダーであり、ボーカリスト。バンドのほとんどの曲の作詞作曲も手がけている。なかなか男前である。声もいい。スターのオーラもある。おまけにバンドのほかのメンバーは極端にキャラが薄い。ようするに甲斐バンドは「甲斐よしひろ&His Band」みたいなものである。
私が小学生の頃のある日、通学路の途中にある時計店の店先にスーツを着た四人の長髪男たちの等身大パネルが立て掛けられているのを見かけた。そのパネル写真の四人の中で一番ハンサムな男が他の三人より一歩前に立ってこちらを見てにっこり笑っていた。そして、そのすぐ下には「ヒーローになる時、それは今」というキャッチコピーが印刷されていた。甲斐バンドの新曲「HERO(ヒーローになる時、それは今)」がセイコー腕時計のCM曲に採用され、甲斐バンドがそのCMキャラクターとなったのである。
数年前にヒットした同じ甲斐バンドの「裏切りの街角」とはがらりとイメージが変わって、あか抜けた感じの明るい曲調だった。そしてこの「HERO(ヒーローになる時、それは今)」はみるみるうちに大ヒット曲となり、テレビ、ラジオでしきりに耳にするようになった。やがて、私は甲斐バンドのボーカリストの名前が「甲斐よしひろ」だという事を知った。
しかし、私には甲斐よしひろの「よしひろ」がどうにも野暮ったい名前に思えて仕方なかった。私は甲斐よしひろ以外に「よしひろ」という名前の有名人を知らない。この人はどうして「よしひろ」なんだろう。しかも、ひらがな。「ミッキー甲斐」とか「ジェームス甲斐」とかロックっぽい芸名にしようとは考えなかったのだろうか。せめて(沢田)ケンジとか(西城)ヒデキみたいな呼びやすくて親しみやすい名前にすればよかったのにとずっと思っていた。
実は、私も本名を「よしひろ」という。私は子供の頃からこの「よしひろ」という自分の名前がキライだった。何故だろう。「よしひろ」の「し」「ひ」とi音が続くところは少し発音しにくく、そのためか私のことを「よしひろ」と呼ぶ友達は子供の頃から誰一人おらず、「山田くん」とか「山ちゃん」とか名字の方で呼ばれていた。私の名前が「よしひろ」だということを知らない同級生もいた。さらに、私が通う小学校には、いなかっぺ大将のような風貌していて、ときどき廊下で奇声を上げるため男子からはからかわれ、女子からは白い目で見られていた学校ではちょっとした有名人の上級生がいて、彼の名前は私と同じ「よしひろ」だった。そんな事もあって、私は本当にこの名前を疎ましく思っていた。この名前には何ひとつ長所がないように思われた。せめて(沢田)ケンジとか(西城)ヒデキみたいな呼びやすくて親しみやすい名前にしてくれたらよかったのにと本気で両親を恨んでいた。だから、甲斐バンドのボーカリストの名前が自分と同じ「よしひろ」だと知ったときは正直、複雑な気がしたものである。
「この人もよしひろか。」
そして私は、毎朝通学路の時計店の前で爽やかな笑顔で立っている等身大パネルの「よしひろ」と、そこに記された「ヒーローになる時、それは今」というコピーを見るたびに、このあか抜けない名前をもつ自分の境遇を何とか克服しようと「がんばれ!よしひろ!大丈夫!よしひろ!」と自分に言い聞かせながら学校へ通ったのであった。
福岡じゃ甲斐よしひろは伝説ばい
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