関悦史
切り口のざくざく増えて韮にほふ 津川絵理子
韮というのも包丁の研ぎが甘いとそうざくざくとは切れないもので、この切れ味からだけでも、調理用具から台所まで手入れの行き届いたさまが浮かぶ。
普通ならば「切る」にかかる「ざくざく」が「増え」にかかっているのが俳句的なひねりだが、単に印象鮮明になるばかりではない。切り刻まれることが衰退にも無害化にも繋がらず、却って増殖してにおいを強めてしまうという形で、韮の怪しい生命力を引き出しているのである。
禅寺の門には「不許葷酒入山門(葷酒山門に入るを許さず)」という石碑が建てられている。「葷酒(くんしゅ)」の「葷」は韮、葱などの香味野菜を指す。酒だけではなく、これら香味野菜も寺に持ち込んではならないのだ。精がついてしまうので修行の妨げになるとされたらしい。
句の中の時空では、いつまでも韮が刻まれる。クローズアップされた無機的な反復が、清潔感と韮の微かな妖気を立ち上らせる。そしてそれらはそっくり、切っている人物にもうつる。
句集『はじまりの樹』(2012.8 ふらんす堂)所収。
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