相子智恵
一面の草に雨音金魚玉 森賀まり
「金魚玉」(『静かな場所』第10号-2013.3)より。
美しく、不思議な取り合わせの句である。
〈一面の草に雨音〉には、雨の日の草原や、広い芝生の庭を想像する。土やアスファルトを叩く雨音ではなく、草が受け止める雨音は、やわらかくやさしい音だろう。しっとりと濡れた草が目にもやわらかく想像されてくるが、〈雨音〉だから、実際には家の中にいて風景は見ておらず、音を聞いているだけなのかもしれない。
そこへ取り合わせの〈金魚玉〉である。軒先に吊るしているのか、家の中に置いているのか、どちらにせよ、いま見ている光景はこちらである。硝子の中には水と金魚。金魚のための藻も入れてあろうか。
金魚玉という閉じ込められた水の世界に、草に降る雨音という、天から自由に降る水の世界が取り合わされる。雨音を聞きながら金魚玉を見ていると、球体越しにゆがむように、遠景の草の雨が重なってきて、次第に水の境界線があいまいになってきて、自分が金魚玉の水中にいて、金魚のほうが雨と一緒に空を飛んでいるような、すべてが空気のない水中の世界の中のできごとのような、夢心地になってくるのである。
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