2013年6月30日日曜日

〔今週号の表紙〕 第323号 紫陽花 雪井苑生

今週号の表紙〕 
第323号 紫陽花

雪井苑生


子供の頃住んでいた家の裏庭に紫陽花があった。今頃の季節になると花を咲かせるので楽しみにしていたのだが、いつもぐるりと縁取りのように咲くだけで、今日は咲いてるかと見に行っても、中の部分はいつまでたっても咲かず扁平のまま。どうしてよその庭の紫陽花のように全部咲いてまあるくならないのか、すごく悲しくて、この紫陽花はダメな花なんだとずっと思っていた。

それが「額紫陽花」だと知ったのは何年も経ってからだった。もちろん今は額紫陽花も大好きだけど、そんな記憶があるのでいわゆる「紫陽花の玉」には無条件で惹かれる。西洋紫陽花というのは日本の額紫陽花がヨーロッパに渡り、向こうで品種改良されたと聞くが、大きな紫陽花が濃い青、紫、あるいはパステルカラーに雨のしずくを散りばめながら咲いている姿は本当に美しい。

紫陽花といえばビスコンティの映画、「ベニスに死す」をも思い出す。主人公アッシェンバッハが滞在していたリドの高級ホテル。そのホテルのロビーにも廊下にも客室にも、大きな花瓶に豪華な紫陽花がこれでもかというほど生けられていた。紫陽花の花言葉は「移り気」「高慢」「無情」「浮気」「あなたは美しいが冷淡だ」。これってアッシェンバッハを狂気のように惑わせ、ついには死に追いやる魔性の美少年タジオそのまま。紫陽花はタジオの象徴だったのだろうか。ともあれヴェールを透かして見るような微妙な表情の変化に魅入られてしまう、タジオ少年の妖しい美しさと紫陽花は見事に響き合っていた。

そういえば「薔薇のような」「百合のような」という表現はあるが、「紫陽花のような美人」とは聞いたことがない。どうして? あんなに美しいのに。もっとも薔薇も百合も花びらを散らせて終わるけど、紫陽花は散ることもせず、最後は汚らしい茶色の玉に成り果てる。「七変化」の名の通りとどまらない美しさ、ちょっと暗い季節に咲くこともあいまって、一言では表現できない複雑な奥深さが紫陽花の真髄なのかもしれない。

紫陽花の雨の季節ももうすぐ終わり……。容赦のない夏がまたやってくる。



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