相子智恵
献杯を怠る勿れと秋は来たか 澤 好摩
句集『光源』(2013.7 書肆麒麟)より。
明後日は立秋、暦の上では秋に入る。梅雨のようなぐずついた天気のまま八月に突入した今年は、例年にも増して、立秋に対して「いつの間に……」という思いが強い。
俳句に親しむ人の中には「その季節になるといつも思い出す句」というのがひとつはあるのではないだろうか。掲句は私にとって、これから立秋に思い出す句の一つになりそうだ。
秋立つ頃に誰か特定の〈献杯を怠る勿れ〉という人がいるわけではない。けれどもこの、天に杯を向けて故人をしのぶ寂しさは、なぜか初秋のものだと思えてくる。書かれている世界はごく個人的でありながら、この透明感と寂しさには、秋が立つ八月の頃の普遍を感じる。
縁のある人には怠らず、そして直接は縁のない空の上の夥しい人々の気配もぼんやりと感じながら、秋の高くなりゆく空の下から、杯を献じようかと思えてくるのである。
●
0 件のコメント:
コメントを投稿