相子智恵
初日影死者より伸びて来し羽か 高野ムツオ
句集『萬の翅』(2013.11 角川学芸出版)より。
初日の光が明るく射し込んでいる。一年でいちばん、めでたい日光である。しかし、そのめでたいはずの〈初日影〉は〈死者より伸びて来し羽〉ではないかという。初日を見上げ、その光の筋に、天上の死者を思う。死者にはどうしても闇のイメージがつきまとうが、ここでは死者から伸びてきた羽はまばゆい光であり、光と闇が融合しているような感覚を私は受けた。
本書には〈大年の光無限の谷一つ〉や〈もう闇でなき闇のあり大旦〉という句もある。大晦日の〈谷〉という深い闇を感じさせる場所からは無限に光があふれ出し、逆に、闇夜が明けるめでたい元日の朝には、闇ではない〈闇〉があるというのだ。一年という時の節目に、光と闇は一体となる。光と闇(もっといえば生と死かもしれない)を対極にあるものとしてではなく、一つのものと見る作者の感性は、本句集の題名となった一句〈萬の翅見えて来るなり虫の闇〉にも通じているだろう。この闇に目を凝らすと、幾万の虫たちの薄い翅の輝きがキラキラと見えてくるのである。光や闇を描いた句が、この句集には案外多い。
冒頭の作品は平成二十四年の新年の作であり、前後の句からいっても東日本大震災の死者を思い、詠んだ句であることはあきらかだ。この光の羽を、今年のはじまりに読んでおきたかった。
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