関悦史
雪熄みし月の高野の初櫻 黒田杏子
黒田杏子の句はつねに気力、意力が強い。我が強いというのとは違うが、一遍や空海を詠んだ句でも、一途に張りつめた帰依の念がかえって当の一遍、空海らをも弾き飛ばしてしまいかねない感がある。
そこへ持ってきて、これは季語の中核ともいうべき「雪月花」を皆入れた句である。満員電車のような強力な季語のせめぎ合いを、いかに減殺するか。
まず雪は熄んでいる。
そして月は背景へと退き、高野山を照らしている。
さらに桜はまだ満開ではなく、咲き初めの敏感さを掬われている。
それぞれが微妙に重心や体勢をずらし、身を引き合い、照らし合いながら鎮まった中での開花が呈示されているのである。それが雪月花を全部並べることからくる、単なる紋様じみた目出度い空疎さを、実景へ引き寄せる働きも果たしている。
精神性の深みや、美的な絢爛とは違った、もっぱら力学的な何ものかによって成り立っている句だが、ここでは作者は身をぶつけてはいかず、雪月花の張り合いを前にして立ち止まっているようだ。
一途な帰依、没入への意欲が、巨大であるべき対象をもかえって等身大にまでスケールダウンしてしまうことの少なくなかった作者が減圧、減速による気息の通り道を探り当てている句であり、そこから逆に静まりかえった花鳥的自然の充溢ぶりがじわりと立ち上がる。
句集『銀河山河』(2013.12 角川学芸出版)所収。
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