相子智恵
花冷えに何か忘れし思ひする 松村昌弘
句集『白川郷』(2014.2 角川学芸出版)より。
私は忘れっぽいので〈何か忘れし思ひする〉は季節を問わずたびたびあるのだが、この句の〈何か忘れし思ひする〉は日々の物忘れのような単純なことではなく、もっと深いものが感じられる。それはひとえに〈花冷え〉の季語のせいであろう。
桜の花の咲く頃、急に寒さが戻る〈花冷え〉。その言葉の響きの美しさや、夢のような桜に酔った心が、急にハッと引き戻されるような寒さであること。それが夢の世界に何かを忘れてきたような感覚にさせるのである。季語が活きた一句である。
●
0 件のコメント:
コメントを投稿