樋口由紀子
夜へ夜へ転がってゆく僕のフタ
むさし (1949~)
川柳の前身は前句附けで、前句題による附句が独立してはじまった文芸である。現在もそれを受け継いでいて、事前に与えられた課題に基づいて競吟することが一般的である。句会で題のもとでは生き生きしていた句が題を外れて句集に纏めると一気に力が弱くなるとも言われる。むさしは「書く句のほとんどは題詠である」と言い切る。掲句の題は「夜」。
「夜」と「フタ」の組み合わせがポイント。「フタ」で言葉の味が出た。中身や器そのものに比べて、どうってことないと思っていた「フタ」の存在感は一気に上昇する。川柳の「見つけ」である。フタは軽くて油断するとすぐに転がる。それも転がっていくのは「僕のフタ」。フタのとれた僕はどうなるのだろう。フタを追いかけて、一緒に夜へ転がっていくのだろうか。
〈釘抜きが頭の中に落ちている〉〈足の裏たどって行けば鼻がある〉〈化けそこねまだ熊である下半身〉 むさし句集『亀裂』(東奥日報社 2014年刊)
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