2015年2月7日土曜日

【みみず・ぶっくす13】またとない日が 小津夜景

【みみず・ぶっくす 13】 
またとない日が 小津夜景





【みみず・ぶっくす 13】
またとない日が

ミモザが咲くと聞いて
わたしはあたまを首にのせ
きれいな壁を伝つていつた。
囀りの内側にもぐりこむと
石で刻まれた台座の上に
これまた巨きなあたまをもつた
ミモザが覆いかぶさつてゐた。
わたしのことばは何語でもなく
むかしの人が腰に手をあてて
器用に足首を交差させてみせた踊りと一緒だから
こんな廃墟をみつけるたび
わたしはあたまをゆるがして
その上にことばを垂らしてみる。
わたしからこぼれることばは
何語でもなく
崩れた壁の内部に香る。
石の台座がさらさら鳴る。
ここがずつと春だと思つてゐるらしい。
知らない季節を知らないままに
岩壁はしづかに陽に晒されてゐる。
終はつたものが永遠をうごかしてゐる。
典型にふちどられたるかなしみが
すべての影を横顔にする。


またとない日がまたの名を語りけり
囀りのだんだん凄うなる廃墟
フランケンシュタイン花月五百年
また終はるための光のくらげかな
虹のないここを路上と名づけたり
さふらんを生んで鏡を彷徨ふの
永遠はうごく剥製 蔦の手を
しはぶきにたなびく旅の雲のこと
われ冬のあるかなきかに触れてしか
しんしんと夜間飛行の薬缶かな

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