【みみず・ぶっくす 15】
軋む光、波の骨。 小津夜景
【みみず・ぶっくす15 】
軋む光、波の骨。 小津夜景
海に出ると
階段があつて
陽の差してゐる窓から
遠くを見晴らす場所に
ピアノの音が聞こえる
巻貝の階段をのぼれば
扉の向かふは海で
波の骨が
音楽をつくる
おびただしい骨に
海原がみしみしと
弦を軋ませるとき
部屋を満たしてゐる
ひかりの正体は海で
陽の差してゐる窓が
私の眸だと知るとき
ピアノの音が聞こえ
巻貝の果てをひらく
そこが夜になるまで
波の骨を
拾ふため
春雨を吸ひこむごとき夜の窪に
ゐるいまいろもみづもみえない
淡雪のうみに染みなす画幅あれ
花媼醒めて狂気を尋ね合ふ
背骨よりはづす鍵とは孤舟なり
貝殻とつぶやく春のつはぶきが
天蓋がピアノの影であつた頃
銀箔を剝ぐたび波は古びしか
音速の耳に希はれたる午後を
鳴る胸に触れたら雲雀なのでした
崑崙のあまねく恋の霞とは
春の雨この音のない夜の窪に
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