相子智恵
消しゴムでけして兎もゐなくなる 武藤雅治
句集『かみうさぎ』(2014.12 六花書林)より
たとえば紙に描いた兎の絵が、消しゴムで消すことでいなくなった……と読むこともできるのだが、絵と限定すると世界が小さくまとまりすぎて、あまり面白くない。兎はあくまで兎であることで、イメージがぐんとふくらんでくる。
それでありながら逆説的に、これが兎の絵だと読めることが頭の中で映像化を補助する。消しゴムで消した後の白い紙が、兎の白さと重なって、消しゴムで鉛筆の線がほどけてゆくように、真っ白な兎が、何からも解き放たれて去ってゆくところが想像できるのだ。
この句は「兎が」ではなくて「兎も」だ。いなくなるものは兎以外にもいたのである。この句には「とうとう兎までもいなくなった」と、自らの手によって消しながらも、取り残されて茫然とする感じがある。消しゴムで消された後の白さと、兎の白さ、茫然と白い頭の中。読後、すべてのものが静かにいなくなり、ただ白さだけが残る。
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