2015年3月18日水曜日

●水曜日の一句〔牛嶋尚子〕関悦史



関悦史








城壁の長き歳月秋の蜂  牛嶋尚子


日本の城で城壁というと、石垣と漆喰だろう。目の前の城址に感嘆している観光客目線の句だが、史跡を前にして建設から今までの歳月を思い、その歳月に耐えて残っている現物への感動が新たになるという、心の往復運動のようなものがすんなり句にあらわれている。

「秋の蜂」は季語としては衰えはじめた蜂のイメージになるので、もはや戦に用立てられることもない古い城の姿、滅びの要素に合っているし、秋の穏やかな日差しといったものも連想される。また城が実際に戦に使われていた時代にも秋の蜂はいたであろうことを思うと、その生命感を媒介にして、往時の武士たちや城郭建築そのものの生気に触れているような感覚もある。

ただし実際に山の中の城址などに立ち入るとなると、秋はスズメバチが狂暴化する繁殖期でもあり、注意が必要となる。

軍事施設から文化財的なものへと変容し、審美的なまなざしを受ける城壁と、逆に季語のなかでは穏やかな衰滅のイメージを帯びながら実際には獰猛な場合もある秋の蜂。双方が事実とイメージの食い違いを含んでおり、それが句のなかで交差しているのである。

一見、季語的なイメージの美しさとそれへの思い入れのみで穏やかにまとめられた句のようだが、自然・人為の荒っぽい手応えも、素朴な実感を通して含み込まれている。


句集『輪飾』(2015.2 角川学芸出版)所収。

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