樋口由紀子
カラカラと転がる缶も春である
角田古錐 (かくた・こすい) 1933~
雪国の人が春の訪れを待つ心境は温暖な地方に住んでいる人には理解できないと言われたことがある。私が想像するよりもっともっと春は特別なものであるようだ。掲句を読んで、その言葉を思い出した。作者は青森の人。
「転がる缶」も「春」もマイナスのイメージで読むこともできる。しかし、この句はとびっきりのプラスのイメージで読んだ。やっと春になったぞという溢れる思いが伝わってくる。「カラカラと転がる缶」で待ち焦がれていた「春」を目から耳から捉えた。
さて、何をしようか。作者はその音を聞いてきっとそう思ったに違いない。身体も心も音たてて、春のありがたさを実感している。〈ともだちになろう小銭が少しある〉〈雨宿りみんな優しい眼をしてる〉〈絶叫をするには人が多すぎる〉〈いつ何処で死ぬのか世界地図を見る〉 『北の伴奏曲』(東奥日報社刊 2015年)所収。
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