相子智恵
手酌にて朧を飲みてをりしかな 緒方 敬
句集『十觴集』(2015.3 本阿弥書店)より
昼は「霞」で、夜は「朧」と言われる現象は、大気中の水分が増えて万物が霞んで見えることで、「草朧」や「朧夜(朧月の夜)」のように具象がまずあって、それを朦朧とさせるものとして詠まれることや、具体的な景との取り合わせで詠まれることが多い。それ自体では色も形も持たない朧は、具体的な物があってこそ像を結ぶことができるからだ。
しかし掲句は朧そのものが、見えないままに主役となっている。それでいて景がはっきりと浮かぶのは〈手酌にて〉で盃が見えてくるからである。酒を飲むように一人手酌で朧を飲んでいる仙人のような人物、面白い幻想の世界だ。そして朧と酒がつながることによって、朧に酩酊して世界が朦朧としてゆくさまが伝わってきて楽しくなる。
〈をりしかな〉と引き延ばしたような下五でずるずると終わるのも、朧を飲んでいるつもりが朧に飲まれてゆくであろう主人公の今後を思わせて面白い。
●
0 件のコメント:
コメントを投稿