相子智恵
蛸が蛸つかんでをりぬ台秤 岩崎喜美子
句集『一粒の麦』(2015.5 角川学芸出版)より
蛸に蛸が掴みかかっている。蛸は縄張り意識が強く、自分の縄張りに別の蛸が現れるとしがみついて攻撃するという。その縄張り意識を上手く利用したのが、蛸壺漁や蛸の人形を使った釣りなのだそうである。
掲句の蛸も縄張り意識による攻撃なのだろう。しかしなんとも哀れなことに、掴みあう二匹の蛸が乗っているのは台秤の上だ。争ったままに重さをはかられ、もうすぐ売られていくのである。勝者も敗者もなく、二匹とも食べられる運命にあるのだ。
上五から中七にかけては、蛸の争いが自然界の中でのことのように読めるように作られ、下五の「台秤」の一言で、すとんと哀れが訪れる。掴みかかる蛸に寄っていた視点が台秤に移る、その映像的なカット割りの巧みさによって、俳句の短さ・速さが活きた、ハッとする写生句となった。
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