2015年6月6日土曜日

【みみず・ぶっくす 25】 なめらかな息 小津夜景

【みみず・ぶっくす 25】 
なめらかな息

小津夜景








      とても固い扉があり
      けして穴のあかない
      表面がある。
      だが
      わたしはいつも
      柔らかなものだけを想像するので
      その固い質感を捉えることができない。
      わたしはいつも
      そこにとても固いものがあれば、
      (これは息をしている)
      と想像する。
      そう想像しさえすれば
      目の前の固いものは
      かならず
      柔らかくなり
      わたしの統治する世界におさまることを
      わたしが知っているからだ。
      そのようにしてわたしは
      手のとどくあらゆるものを支配下におき
      そして
      手のとどかないものについては
      知らないふりをしている。
花瓶や
      パン籠
      ジンジャーエール
      庭の石
      そういったものが
      ほんとうはとても固いことも
      光のそそぐカーテンや
      壁にゆれる樹々の影や
      机においた
      写真立てや
      思い出
      そういったものが
      ほんとうは冷たく
      私の手に収まらず
      とても固い扉をもっていて
      穴のあかない表面で覆われ
      誰のことも入れはしないことも
      もうずっと知らないふりをしている。
      死んでしまったものを
      想像で
      柔らかくして
      わたしは抱いている。
      はげしい怒りの中で
      なめらかな息を
      あたりかまわず吐きかけ
      手のとどかないものたちに
      しずかに包囲されている


ほととぎす夢に死姦のありやなし

斑猫のことさら指をいつくしむ

滴りと化して夜半とはいつまでか

蜘蛛よりも甘く重なるだけのこと

あぢさゐに移動説あり洗ひ髪

覗かれしこころの中の井戸は空

あらびあの糊を冷ませば老鶯に

さぼてんの密林となるパズルかな

機能主義的なグラジオラスの夜

月光のうすものを脱ぐ人型に


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