2015年8月15日土曜日

【みみず・ぶっくす 35】 小さな羽をもつ影が 小津夜景

【みみず・ぶっくす 35】 
小さな羽をもつ影が

小津夜景







言葉では書けないことがあるというのが
言葉に組みこまれた最大の教えだった
遠く離れた場所での何かを経験につけくわえようとするが
その距離と無知は絶対に変わらない
言葉が言葉にすべきでないことがあるというのが
言葉のもっともつつましい誓いだった
雨滴は太陽に挑むことができず
砂粒は風にけっして勝てない
そのように言葉はひとしずくの雨、ひとつぶの砂として
蒸発を受け入れ、制御できない飛行を甘受する
それでもこの雨滴に喉をうるおし
この微細な砂粒にしがみつく虫がいるだろう
われわれは虫だ、われわれはあまりに小さい
すべてのわれわれが虫だ、あまりにはかない
この小さな体と感覚器の限界に捉われながら
世界を語らず、ただ世界の光と雨に打たれて生きている  
                 (管啓次郎『島の水、島の火』 


兜虫つかひふるびし闇へ置く
思ひ出すもののはじめの裸かな
朝なさな在らなとばかり閑古鳥
黴のパンあるいはパンセ風に寄す
かたびらに雲あり砂に親書あり
くちなはの遺風に触れて夏料理
夏痩せてモノクロの微笑動かざり
即興の雨をパセリとして過ごす
睡蓮を仕立て直しにゆく船出
ゆく夏の時報に空を預けたる

0 件のコメント:

コメントを投稿