相子智恵
漆黒の川へ鉦打ち踊りけり 大石香代子
句集『鳥風』(2015.7 ふらんす堂)より
地元の盆踊りは鉦など使わない手踊りだった。そのような地域は多いと思う。子どもの頃は盆踊りの意味など考えずに、この日を毎年楽しみに待っていたものだった。
2012年、被災地と郷土芸能を伝えるためのツアーを行う「プロジェクト伝」の招きで福島県いわき市へ行き、新盆の家を供養してまわる「じゃんがら念仏踊り」の稽古を見学させてもらった。そのとき「ああ、盆踊りは念仏踊りを起源にしているのだ。お盆で迎えた祖霊を無事に送り返すための踊りなのだ」と、ようやく季語の本意を体で理解できたのである。その踊りに使う大切な鉦を打たせてもらったときの音と感触が、掲句を読んでよみがえってきた。
掲句、盆踊りの会場の周囲には明かりなどは少なく、川や野など自然が広がっているのだろう。草の茂る野と川の闇の濃度は違う。野はやわらかい闇で、川はまさに漆黒である。鉦の響き方も野と川では違う。野は吸い込み、川ははね返す。
この句には「K」の音が全体にちりばめられている。その硬いK音が、川面に響く鉦の音を想像させる。〈漆黒の川〉は三途の川に通じ、祖霊を彼の世へ送り返す回路となっている。風景を淡々と捉えていながら、深いところで供養の思いが感じられる句である。
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