相子智恵
やはらかき水に戻りしソーダ水 矢野玲奈
句集『森を離れて』(2015.7 角川書店)より
長いことテーブルに置かれたままの飲みかけのソーダ水。グラスの氷が融けて炭酸が抜けたソーダ水は、ぬるくて薄い、ただの砂糖水に戻ってしまった。
ソーダ水が〈やはらかき水〉に戻るまでの時間は、誰かとのおしゃべりを楽しんでいた時間だろうか。それとも一人きりで過ごす憂いを帯びた時間だったのだろうか。〈やはらかき水〉は文字通り柔らかい表現で、楽しさも憂いも、ゆるやかに受け止める。プールに入った後、疲れた体が温まってきたときのような、ふわふわとした気だるさがある。
やわらかい水に「なった」のではなくて、「戻った」という表現が案外よく働いている。ソーダ水を一つの飲み物として見るのではなく、砂糖水に炭酸ガスを充填して作った飲み物であるという成り立ちを、ここでは見せているのだ。だから水に戻るのは必然であるような循環を感じ、そこに心が安らぐのである。失ったのではなく、元に戻ったのだ。
テンションの高い夏の名残のように、気だるく、しかしほっとするような晩夏の気分がある句である。
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