相子智恵
枯木立光の方へ歩きなさい 藺草慶子
句集『櫻翳』(2015.10 ふらんす堂)より
唐突に現れる〈光の方へ歩きなさい〉という箴言は、誰かから贈られた言葉のようにも、天からの声のようにも、自分で自分を鼓舞する言葉のようにも思われる。
目の前には枯木立。葉をすっかり落とした木々の間から、冬の弱々しい、けれども確かな日の光が届いている。日が短い冬は、光の少なさゆえに、じつは光というものをもっとも意識する季節なのかもしれない。
〈光の方へ歩きなさい〉が枯木立と取り合わされることによって、この光が、心の光・言葉の光という抽象の光でありながら、実景の光でもあるという滲みあいが生まれ、それによって強く心に響く。「言」と「事」は重なりあうもの、という万葉時代の言霊を思い出したりもする。
誰のものでもない普遍的な箴言が、枯木立によって個人的かつリアルな風景になることで、この五七五が標語などでは決してなく、命を持った詩として、心の中に立ち現れてくるのである。
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