相子智恵
合歓咲いて空の渚であるような 坪内稔典
稔典百句製作委員会編『坪内稔典百句』(2016.05 創風社出版)より
夏の夕暮れ、空高く伸びた合歓の樹を見上げる。中央の白から先端に向かって徐々に薄紅色になっていく、刷毛のような合歓の花がたくさん咲いている。夕方になると咲く花だ。細い葉も相まって、まるで空からさざ波が打ち寄せているように見える。言われてみれば〈空の渚〉とは、なるほどと思う。美しい例えである。〈合歓咲いて空の渚〉の、NとSの音が繰り返される囁くような音も、さざ波のように感じられてくる。
短い俳句の言葉の中で暗喩を使わず、〈あるような〉と直喩にするところに、この例えに対する作者のかすかな含羞が感じられる。誰に同意を求めるでもない、夕空にすーっと溶け込むようなつぶやき。
夜になると眠るように閉じる合歓の樹の、その直前の夢と現実のあわいのようなひととき。滲みあう昼と夜の間で、すべてがぼんやりと夢うつつの美しさに包まれている。
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