樋口由紀子
本棚の奥を金魚売りが通る
辻一弘 (つじ・かずひろ) 1935~2015
正岡子規の〈鶏頭の十四五本もありぬべし〉と、最初読んだときに重なった。臥せっているときか気の弱っているときに詠んだ川柳のように思った。
本棚、そこには生きていくなかで数限りない影響を受けた本が並んでいる。その奥を金魚売りが通っていった。本棚の奥は蔵書の中のようであり、本棚に面している路地のようでもある。作者の住む京都の路地にはいろいろな物売りが通っていたのだろう。
その涼しそうな声が爽やかな風を運び、部屋の空気も変える。自分だってさっきまでとちょっと違ってきたような気がする。その声に暑い夏の記憶と重なり、ここではないどこかに連れていってくれるような気がしたのかもしれない。「京かがみ」(1959年刊)収録。
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