2016年8月3日水曜日

●水曜日の一句〔前田地子〕関悦史


関悦史









わが雛を盗(と)る纏足女(てんそくじょ)つどひ来て  前田地子


この句が収められた句集『跫音』には小澤實の帯文がついていて、そこでこの句の成立事情が明かされているのだが、これは幻想句ではなく、敗戦後の旧満州で作者が実際に体験したことなのだという。

いきなりパラテクスト(この場合は帯文)に言及して読解の根拠とするのも、あまり望ましい対応ではないのかもしれないのだが、この句は今のところ俳壇周知の有名句といったものにはまだなっていないことでもあり、基礎的な情報としては必要だろう。

纏足された中国人女性は、普通の歩行は困難となる。よちよち歩きで迫ってきたのではないか。「纏足女」という詰めた呼び方が妖怪の類のようでもあり、それが大勢集まって、語り手の深い思い入れのこもった品なのであろう雛人形を奪いにくる。一方的な上にあまりにも怪異な災厄であり、「纏足女」たちに人格的に共鳴し得る余地はほとんどない。

ただし財貨としてはさほどの価値があるとは思えない雛人形に興味を示している点では「纏足女」たちは女性性をあらわにしている。そしてそのことと纏足の異形や悪意とのアンバランスさが、なおのことおぞましさをそそる。

纏足は先天的な奇形ではない。雛人形とはおよそ異なる生身の人体改変であるとはいえ、いわば女身であることを際立たせるための、文化的洗練のきわみなのである。敗戦というカタストロフ(と限定しなくても必ずしもよいのだが)の中でぶつかり来る、異文化を体現する「女」たち。

この満州からの引揚げの苦労話としては、およそ読者の想定外である鮮烈なイメージは、読み下した途端に、象徴へと凝固する。その背後に、心が破壊され、体が変形する広大な地獄が広がるのである。


句集『跫音』(2016.7 ふらんす堂)所収。


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