樋口由紀子
新しい簞笥に聲が突き當り
蚊象
簞笥を買った。新しい簞笥が部屋に運ばれた。いままで何もなかった場所にどんと簞笥が置かれた。簞笥はまだ部屋になじまず、こっちも見慣れないので、いつもの部屋なのに他人の家みたいで落ち着かない。
「おーい」と妻を呼んだ。しかし、返事がない。簞笥が邪魔をしている。以前はそこには何もなく、筒抜けだったから、声はすんなり届いた。どうも闖入者である簞笥に声が当たってしまうようだ。もちろん、簞笥は返事などしてくれないし、取り次ぎもしてくれない。新しいものに慣れるまでには時間がかかりそうだ。相変わらずの古い声で、今度は頭も背筋も伸ばして、声が簞笥に当たらないように気をつけながら呼んでみよう。
日常のちょっとしたひとこまの変化や違和感をユーモアに描写している。
●
0 件のコメント:
コメントを投稿