相子智恵
白魚の目のやり場なく集まれる 中原道夫
句集『一夜劇』(2016.10 ふらんす堂)より
小さな白魚がびっしりと集まっているということは、あの黒い点々の目玉もびっしりと集まっているということだ。哀れでもあり、じっと見ていると、そら怖ろしくなってくる大量の白魚。なるほど〈目のやり場なく〉である。
目のやり場がないのは作者であるが、最初から読んでいくと「白魚の目の」がまず飛び込んでくるので、どうしても魚の目が無意識のうちに浮かび上がる。それが哀れさや不気味さを増幅させて、〈目のやり場なく〉がさらに実感できるように思われた。
白魚のさかなたること略しけり 中原道夫『蕩児』
は、作者の初期の代表句の一つ。見たままを描くいわゆる写生ではなく、言葉で描かれた白魚だ。そこから数十年を経て、白魚のびっしりと集まった様子を、これまた直接描写することなく〈目のやり場なく〉と見る者の主観を通じて描く。どちらも実物の白魚に直接触れないような、周りに薄いヴェールをかけたような言葉先行の描き方なのだが、それがいちばん白魚の本質を突いて、「見えて」くるように思われるのである。
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