相子智恵
雪嶺といふ春深き響かな 武藤紀子
句集『冬干潟』(2017.2 角川書店)より
「雪嶺」は「冬の山」の傍題で、季重なりの句ということになる。
〈春深き響かな〉という言葉にじっと佇むうちに、里に雪のない春や秋は、雪をいただく高い山の美しさが実は際立つと思った。中でも春の陽光に照らされた雪嶺の白さは明るく美しい。
掲句には映像的な美しさもあるが、もっと想像されてくるのは〈春深き響かな〉による雪嶺の雪解の水音である。「春深き」という時期であるから、里に近い山裾から中腹にかけての雪解は既に終わり、頂上付近の雪解が本格化している頃だろう。雪嶺の厳しさが、ゆるゆるとほどけてゆく響き。実際には聞こえなくとも心の中にイメージされてくる。
冬の雪嶺の何者も寄せつけない厳しい白さが、「春深き響」によってふわりと光りながらほどけてゆく柔らかな白さに変化している。「かな」という包み込むような切字も効いている。効果的な季重なりによって、厳しい寒さが本格的にほどける山国の晩春の情景が見えてきた。
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