関悦史
ゴミ屋敷のゴミがうれしい穴まどい 松井眞資
秋の彼岸を過ぎても冬眠せずにうろうろしている蛇が「穴まどい」だが、この句の「穴まどい」は、心細さがないわけではないのだろうが、夜更かしか何かを楽しんでいるようにも見える。
「うれしい」とはっきり書かれてしまっているからではあるが、これは擬人法というよりは共感を示していて、句の語り手当人もゴミ屋敷のゴミをうれしがっているようだ。
ゴミ屋敷など隣近所にあったらはた迷惑以外の何ものでもないが、今の日本の都市住民にとって、どこへ行っても規格通りで何の変化もない景観ばかりのなか、混沌を際立たせて目を引く物件は、もはやこれくらいしかないのかもしれない。
蛇にとっても、これは適度に身を隠しつつ、積み重なった廃物の隙間を、前後左右上下に自在に通り抜けることのできる迷路的な空間である。ゴミ屋敷の混沌を本当に楽しめるのはむしろ蛇なのではないか。
ゴミの隙間を通れる小さい生物ならば何でもいいというわけではない。蛇の体の形態は、紐を引き摺るようにその行程の全てを逐一可視化しながら複雑にうねって進んでゆく。
「ゴミ屋敷のゴミ」と「穴まどい」とは、互いの形態的特徴を生かし合い、開花させあう関係といえる。ごく小汚い、詩情に乏しい空間と、冬眠もせずに徘徊する蛇との関係から、童心とも無心ともつかない心弾みを引き出しているのが「うれしい」なのである。
平穏にさびれきった廃墟とは違い、居住者の孤立や荒廃した心情が生臭く溢れ出ているゴミ屋敷という物件を、穴まどいが慰撫し、景物に転じている。
句集『カラスの放心』(2017.6 文學の森)所収。
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